宮崎地方裁判所 昭和49年(ワ)157号・昭49年(ワ)5号・昭48年(ワ)358号 判決
主文
一 原告らの本訴請求をいずれも棄却する。
二 反訴原告らの反訴請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は本訴・反訴を通じ、これを一〇分し、その一を反訴原告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
第一本訴請求について
一主位的請求の検討<省略>
二予備的請求の検討
(一) 事実の認定<省略>
(二) 本件各土地の所有者の検討
1 自白の撤回について
被告ら(被告宮崎県を除く)は第一二回準備手続で陳述した昭和五〇年一二月一八日付準備書面記載のC第一の二項において原告ら主張の本件各土地が明治二一年市、町村制度制定に伴い部落有財産が新別府部落民の総有になつたことを認めたが、その後、本件各土地は明治以前より各戸一名(戸主)宛を構成員とする講賛会の会員の総有に属したが明治一二年以後は部落構成員の中から講賛会に入会を許された者のみが会員となり、その会員に限り権利を有することとなつたとか、被告ら(但し、反訴原告らに限る)は他方で明治後期から大正にかけて講賛会が組織されたとも主張している(同被告らの昭和五一年一二月一六日付準備書面第一の二)。
そして、原告らは右の経緯が自白の撤回に当るとして、異議を述べるのに対し、被告らは自白をなしたものでないと争うので判断するに、右のような本件所有権移転登記抹消登記手続、所有権移転登記手続各本訴請求事件の訴訟物の前提問題である目的物の所有権(総有権)についての自白は、主要事実の自白とはいえず、権利自白に当るにすぎないものであるところ、権利自白、とくにそのうち本件陳述のように法的推論を含むものは、事実上の自白の撤回の要件を要せずしてその撤回は許され、裁判所に対する拘束力はないと考える(大判昭一五・一二・二四新聞四六五八号一二頁参照)。したがつて、その余の判断をするまでもなく、前示権利自白の撤回は許される。
もつとも、前認定(一)の各事実、とくに同(一)1(1)〜(8)、2(1)、(4)、(9)の各事実に照らすと、本件各土地は旧幕時代日向國那珂郡新別府所有の入会地であつたところ、明治維新後民有地となつて明治一三年地価が設定され、同一五年鹿児島県主事から発行された地券では「持主村中」、田畑林反別収穫取調書では「村中受」となつていること、明治二一年市制及び町村制施行に伴い旧新別府村は他村と合併し檍村となつたが、その後の明治二五年一〇月二〇日に本件各土地は民有第二種禁伐林に組換達があり、次いで明治三〇年に地目が保安林に変更されたが、所有者は、「大字新別府惣代井川音松」と表示されており、旧土地台帳でも所有者が「村中受大字新別府惣代井川音松」と記載されていることが認められ、これらの「持主村中」とか「村中受」は、旧幕時代山林原野が一村に所属し(総村持)、その村限りの住民が入会う村中入会を、明治維新後土地制度を改めた際「旧領主地頭ニ於テ某村持ト定メ……樹木草茅等其村ニテ自由ニシ何村持ト唱来リシ……山野ノ類ハ、旧償ニ仍リ其村持ト定メ民有地第二種ニ編入スヘシ」とされたことによるものであり(明治九年一月二九日議定本局出張官心得書)、民有地第二種とは「人民数人或ハ一村或ハ数村所有ノ確証アル……土地ヲ云」うものであることに照らし(明治七年一一月七日太政官達第一四三号)、一応明治初期において本件各土地はその地方の慣習により新別府村の住民が構成員となる「新別府村」と呼ばれる入会集団たる村落共同体(私的自治組織)が地盤所有権を総有する共有権の性質を有する入会権が存在したものと推認でき、他にこの認定を覆えすに足る証拠がない。
2 原告らの本件土地所有権の取得原因の主張について
前示1のとおり、明治二一年に権利能力なき社団である共同生活体として新別府部落の部落有財産となり部落の構成員全員の総有に属していたとの原告主張の予備的請求原因(1)の構利自白の撤回が許される以上、原告らにおいて本件各土地の所有権(共有持分権)の取得原因を具体的に主張すべきところ、原告らはその取得原因の主張を明確にしていない。もつとも、原告ら主張の予備的請求原因2(5)に照らすと、権利能力なき新別府部落なる村落共同体が本件土地を総有し、その各構成員が共有の性質を有する入会権を有していたとの主張をなすものとも考えられなくもないが、民法二六三条所定の共有の性質を有する入会権を主張し、それに基づく共有持分権をいわんがためには、原告らの主張する共有持分権の発生時期における地方の慣習に従い本件各土地が原告ら主張の新別府部落なる村落共同体の総有に属し、かつその部落構成員が共有の性質を有する入会権を有していたことを主張、立証すべきであつて、前示1認定の明治初期における右入会権の主張立証では足りないところであるが、本件においては右明治初期の主張のほかに明確なその主張、立証がないばかりか、前認定(一)2の各事実、とくに(4)、(8)、(9)の各事実を考え併せると、明治三五年旧二月二二日には部落住民で構成される組合が本件各土地の毛上の分配を管理支配し、昭和四〜一〇年からは旧戸を中心とした新別府部落住民の一部をもつて構成される講(上の講、下の講)の構成員のみが入会権を有し、本件各土地は同講の所有(総有)となり、同2(14)のとおりこの上の講、下の講が昭和二八年以降一本化され講賛会と改称されたものであることが認められるのであつて、原告らがその予備的請求原因2(2)で新別府部落は共同生活体の実体を失い昭和三四年三月一七日に本件各土地が原告ら先代石川隆治外一〇八名の共有になつたという右実体を失う直前の昭和三四年当時において、本件各土地が新別府部落住民全員で構成する共同生活体としての新別府部落の所有(総有)に属し、その部落構成員が共有の性質を有する入会権を有していたとの事実が認められないことが明らかであり、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。<中略>
第二反訴請求について
一反訴被告ら(原告ら)の本訴提起の違法性の検討
反訴原告らは反訴請求原因(一)1において反訴被告らの本訴提起は権利の存在しないことにつき悪意又は重大な不注意があるから違法性を有し、不法行為に該当する旨主張する。
一般に訴訟制度は一定の権利関係の存否に関する紛争を解決する手段として設けられた公の制度であり、何人も裁判所において裁判を受ける権利、即ち訴権を有しているのであつて、その訴訟の結果が原告の請求に実体的な理由があるとされたかどうかにかかわらず、訴の提起は特段の事情がない限り、訴権の行使として合法であり、敗訴原告の訴提起が直ちに違法性を帯びるものとはいえない。
したがつて、訴提起が違法でそれ自体不法行為を構成するというためには、その訴提起が訴権の行使として誠実さに欠け訴権の濫用となることを要し、その場合に限り、違法性を帯び不法行為を構成するものと考える。
そして、訴提起が訴権の濫用として不法行為を構成するのは原告らが不法目的ないし主観的害意をもつているか、重大な不注意により実体的理由がないことに気ずかず、安易に訴を提起した場合や無益な訴訟を提起する場合に限られる。即ち、訴の提起が不法行為といえるためには、単に訴訟の結果原告の請求が棄却されたというだけでは足りず、起訴当時その実体的理由がないことを知りながら、専ら他人に損害を加えまたは自己に不当な利得を得んとするなど紛争解決目的以外の不法な目的をもつて敢えて訴を提起した場合、または、起訴当時権利の存否についてわずかな調査をしさえすればその理由のないことを容易に知り得たにも拘らずそれを怠り、軽卒にも訴訟という手段に出たなど、自己に権利がないことを知らなかつたことにつき、原告に重大な不注意があると認められる場合などに限られるのである。
二本訴提起時の不法目的、不注意の有無の検討
そこで、反訴原告ら主張の反訴請求原因(一)のうち反訴被告らが本訴提起に当り、前示不法目的ないし重大な不注意があつたか否かにつき検討する。
原告佐藤智恵子本人尋問(第一、第二回)の結果によると、
(一) 原告佐藤智恵子は自己の生家である一ッ葉神社の南側の土地について、どこまでが原告ら先代の所有地かはつきり聞いたことはないが、幼少の頃、前示前浜の土地の南側にある五厘橋に壊れかけた鳥居が立つていたのを記憶しており、右の鳥居は一ッ葉神社の鳥居であつたのではないかと考えたこと
(二) 原告ら先代訴外石川隆治が、当時の新別府部落の区長の金丸満吉の許可を得て宮崎市新別府町前浜一四〇一番の四の溝を埋めたところ、新別府部落の人達が右一四〇一番の四の土地は新別府部落の土地であつて石川家の所有地ではないと抗議してきたので、昭和四一年九月頃、五〇年以上も管理してきたのにどうしてこうなつたのだろうなどといつて原告佐藤智恵子らに相談してきたこと
(三) 右訴外石川隆治死亡後、祖父の訴外石川國夫が、大正五年四月四日に新別府部落から宮崎郡檍村大字新別府小字前浜一四〇一番の一の土地を代金二五〇円で買い受けたことを証する甲第四号証の一、二、及び第五号証の書類を発見したこと、右代金は当時としてはかなり高額なもので相当広い土地を買つたのではないかと推測したこと
(四) 専門家に調査を依頼したところ、一ッ葉神社の周囲の土地九町二反八畝一八歩の土地は本件各土地等に当るといわれたこと
(五) そこで、本件各土地について登記簿を調べたところ、被告宮崎市から被告金丸文男外一〇七名に贈与されていることが判明したため、被告宮崎市や同高橋重幸にその間の事情を問い合わせたところ、実際には右贈与の事実はないが被告金丸文男外一〇七名の名義にするため便宜上被告宮崎市の名義を借りたとの回答を得たが、ことの性質上その内容には納得できないものがあつたこと、また本件各土地の中には地積更正の手続等にも不明確な点があつたこと
(六) 法務局から宮崎市新別府町前浜一四〇一番の一の元番は重複地番になつていると聞いたうえ、同所一四〇一番の一〇で一ッ葉館を経営している仁田脇スズオの住所が登記簿によると同所一四〇一番の一となつているので、昔はそこも同所一四〇一番の一であつた可能性があると考えたこと
(七) 原告ら先代訴外石川隆治は几帳面な性格で色々な記録を保存していたが、昭和四六年に新別府部落の住民が一ッ葉神社の社務所を改築した際、その書類の相当数が紛失したことがあり、その時本件に関係する書類も紛失してしまつた可能性があること
以上のような事情から原告らは本件各土地につき本訴を提起するにいたつたことを認めることができ、これらの各事実を考え併せても原告らが本訴を提起し、主位的請求原因ないし予備的請求原因を主張するにいたつたことにつき、前示一記載の不法目的があるとか、本件各土地につき実体的な権利がないことを知り、又は知らなかつたことが重大な不注意があつたとまではいえないことが明らかであり、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。
もつとも、原告らが前示第一(一)1の本件各土地の沿革ないし分筆の経過、とくに同1(6)の事実ないし甲第四号証の一、二、第一一号証の一及び第一四号証などを仔細に検討していれば、大正五年四月四日に訴外石川國夫が新別府村から買い受けた土地は現在の宮崎市新別府町前浜一四〇一番の一、同番の九、同番の四一及び同番の一五一の四筆の土地であることが発見できたものであるといえるから、反訴被告らが本件各土地の調査につき若干の手落ちがあつたもので軽過失があるといえなくもないが、前示第一(一)1の本件各土地の沿革、分筆経緯の複雑さや、同(一)2の新別府部落と本件土地管理の沿革等の紆余曲折した事情を考慮すると反訴被告らが本訴を提起し、主位的請求原因ないし予備的請求原因事実を主張していることをもつて同人らに本件各土地につき実体的権利がないことの認識につき重大な不注意があつたとまではいえず、前示のとおり、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。<以下、省略>
(吉川義春 有満俊昭 栃木力)